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節分のときにおこなう習慣で古くから伝わるものがあります。それは、玄関口にイワシの頭を飾るというものです。一体どのような意味合いがあるのか、イワシの頭の飾り方やこの習慣をおこなっている場所などを紹介していきます。

イワシの頭の飾り方

イワシの頭の飾り方ですが、場所はお家の玄関口に飾り付けます。手すりがあれば紐でくくり付けてもよいですし、花瓶に花を挿すようなやり方でも構いません。

イワシは頭だけを使用します。塩焼きにしてからエラ部分から頭にかけてヒイラギという植物の枝に挿して固定をしてください。必ずこのやり方で行なわなければいけないという決まりごとはありません。固定しやすいやり方でおこなってください。

ヒイラギは花屋さんに普通に販売をしています。スーパーには花屋さんがテナントで入っている場合がありますので、店内でイワシとヒイラギを同時に購入することができるのでオススメです。

いつ飾る?

節分の前日の夜から飾ることが多いです。一晩飾って節分を迎えることが一般的です。節分が終われば取り外してもよいです。しばらく飾っておく地域もありますが、鳥がやってきたりする場合もあるので注意してください。

どうやって処分をする?

飾り終えたあとの処分方法ですが、塩でお清めしてから処分する方法と、神社で焚き上げてもらう方法になります。塩で清める場合は、半紙などの白い紙に乗せてから、左→中→右の順で塩をふってください。

その後、飾りだけを処分する新しいゴミ袋にいれてください。他の生ごみなどと同じ袋には入れないようにしましょう。家を守ってくれた飾りですので粗末に扱わない方が良いとされます。

イワシの意味

節分の時に使用するイワシの意味ですが、魔よけのためとされています。日本においては鬼の存在が恐れられていた時代がありました。特に平安時代から室町時代にかけては大変恐れられていたと「土佐日記」には記されています。

鬼は煙と臭いが苦手とされていたので、イワシを塩焼きにすることで煙や臭いを発生させて魔よけとしていたのです。イギリスで恐れられていたドラキュラは臭いが強烈なニンニクが苦手です。国は違えど邪気を払うには臭いは重要なポイントであったことが伺えます。

イワシとヒイラギの関係

イワシを飾る際に使用するヒイラギについて説明をします。ヒイラギには葉のふちに鋭い棘が付いているのが特徴です。ヒイラギの枝の先にイワシの頭を付けて玄関口へ飾ります。

込められた意味としては、イワシを焼く際に出る煙と棘によって鬼を遠ざけるという意味合いです。鬼を遠ざけることによって、家にいる家族が守られる、ずっと健康で一緒にいることができることから魔よけと無病息災へとつながります。

この習慣のある地方

節分の時にイワシの頭をヒイラギの枝に付けて飾る習慣ですが、昔ながらのやり方で、現在でもずっと守り続けている地域があります。それは奈良県奈良市になります。

西日本には節分にイワシを食べる「節分イワシ」の習慣は広く残っています。しかしイワシの頭をヒイラギに挿して飾るという伝統的な習慣自体は、奈良県奈良市の多くの家でおこなっているのが現状です。同じ奈良市でもイワシに加えさらにニンニクやラッキョウを用いて邪気を払う地域もあります。

関東は?

関東においても一部地域でイワシをヒイラギに付けて飾る習慣が見られます。東京近郊ではイワシとヒイラギに大豆の枝である豆柄を使用する習慣もあります。

これに加えて関東では節分にけんちん汁を食べる習慣があります。イワシとヒイラギで厄除けをおこない、家族で無病息災を願いながらけんちん汁を一緒に食べるのです。地域によって様々な習慣があり、元は同じでもそれぞれ独自の進化を遂げていっていることが分かります。

感想

節分のときにイワシをヒイラギの枝に挿す習慣自体は知っていました。子供のころに親戚の家や近所の家で見たことがあり、深い意味までは分からず不思議に思っていた記憶があります。平安時代からずっと続いている伝統ある習慣であったことが分かり、感慨深いものを感じます。

福島県より北側ではこのような習慣がないので、西日本一円と関東地方、東北地方では福島県だけというのも不思議な一面です。全国には色々な習慣があり、それぞれ独自の特色があります。これから先、時代が変わっていったとしてもずっと守り続けていく大事な習慣です。

まとめ

節分の時に、イワシの頭をヒイラギの枝に挿して飾る習慣があります。平安時代からずっと続く習慣は、鬼を寄せ付けないようにする魔よけの意味合いがありました。鬼はイワシから出る臭いと煙を嫌い、ヒイラギの棘によって家へ入れないからです。

この習慣は単に魔よけだけではなく、鬼を退けることによって家族が守られ、無病息災でいられるようにという願いが込めれているのです。鬼は病気やケガ、天災などを指す比喩表現としても捉えることができるからです。

現代のようなデジタルな時代であったとしても、このような何百年も続く伝統ある習慣を、わたしたちはこれからもずっと守り続けていく必要があります。

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